病床歴
 
 
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1997
右足の痺れから始まり、右手、右顔面へと痺れが広がり脱力、右半身不随に近い状態まで低下。
入院し、脳外科チーム、坂井先生、北島先生、上久保先生等より、脳梗塞の疑いにて、ステロイドパルス治療を行う。
MRI映像では右小脳に影
リハビリを受け(PT、OT)、杖走行も可能になった段階で、退院する。
この時点では、右足首の痺れが多少残る程度。
 
 
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1999
会社にて打ち合わせにて鉛筆を落とすようになり、右手の痺れから始まり、顔面、右足へと痺れは広がり、月曜に即入院。
再度、脳外科チームの坂井先生、北島先生、中島先生に診察を受ける。
MRI画像では脳幹部に影があり、不明な点が多々あるために、髄液検査をしたところ、多発性硬化症と判定。
内科的治療へ、持尾先生、平本先生、坂部先生等よりステロイドパルス治療を2クールを行う。
リハビリを受け(PT、OT)、杖走行も可能になった段階で、退院する。
右半身に痺れが残る程度。
 
 
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2001
右半身の痺れと脱力が強くなり、杖を使わずに歩くことが出来なくなった。
通院にて1クールのステロイドバルス治療
脱力は快復したが、痺れは強く残る。
MRI画像では脊髄にプラーク
 
 
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2002
右足の脱力が酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
右足の脱力は快復。
 
 
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3
     
 
右足の脱力が酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
右足の脱力は快復。
 
 
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左半身の脱力が酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
手足の感覚が弱くなり始める。
脱力は快復したが、痺れは強く残る。
 
 
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1
     
2003
左足の脱力が酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
脱力は快復したが、痺れは強く残る。
 
 
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4
     
 
左足の脱力が酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
脱力は快復したが、痺れは強く残る。
 
 
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6
     
 
左足の脱力が酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
脱力は快復したが、痺れは強く残る。
 
 
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左下肢の脱力が悪化、歩行が困難になる。
入院にて神経内科、持尾先生、橋本先生による3クールのステロイドパルス治療を行う。
MRI画像では腰椎にプラーク
左下肢の脱力はある程度快復、左半身も痺れが残るようになる。
 
 
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1
   
2004
左足の脱力が酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
脱力は快復したが、痺れは強く残る。
 
 
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4
     
 
左足の脱力が酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
脱力は快復したが、痺れは強く残る。
MRI画像では胸椎にプラーク
 
 
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6
   
 
左脇腹付近に帯状の痺れが出始め、左足の脱力が低下する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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左脇腹付近に帯状の痺れが出始め、左足の脱力が低下する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
MRI画像では胸椎にプラーク
 
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左脇腹付近に帯状の痺れが出始め、左足の脱力が低下する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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左脇腹付近に帯状の痺れが出始め、左足の脱力が低下する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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1
     
2005
右足に痺れが強くなり、脱力もやや低下する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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2
     
 
右足に痺れが強くなり、脱力もやや低下する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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度重なる再発により、インターフェロンβ導入を決意。
入院にて、神経内科、持尾先生、豊田先生、村上先生の治療を受ける。
 
 
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2006
インフルエンザ発病をきっかけに、両下肢の痺れが強くなり、左脇腹付近の痺れも悪化する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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両下肢の痺れが強くなり、左脇腹付近の痺れも悪化する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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両下肢の痺れが強くなり、左脇腹付近の痺れも悪化する。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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6
     
 
右足の痺れ、脱力がひどくなり、入院にて、神経内科、持尾先生、豊田先生、村上先生、磯部先生によるステロイドパルス治療を行う。
MRI映像では胸椎にプラーク
治療中に左足膝の脱力が酷くなり、合計4クールのステロイドパルス治療を行う。
インターフェロンβ治療の停止
両下肢の力が快復せず、エンドキサンパルス治療を1クール行う。
何かに捕まり立ちが精一杯になり、車椅子による移動が余儀なくされる。
リハビリ科に転床し、車椅子生活のリハビリ(PT、OT)を開始。
再度、左上肢の脱力があり、ステロイドパルス治療を1クールを行う。
左上肢の脱力は快復したが、両下肢の脱力は快復せず。
 
 
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2007
左足の痺れ、脱力がひどくなる。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
右小脳のプラークが少し広がる。脊髄にプラークあり。
 
 
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右足の痺れ、脱力がひどくなる。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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2008
右腰部に脱力。バランスが取りづらくなる。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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左足の痺れ、脱力が酷くなる。
通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
この頃より、左足の痙攣により、救急車にて病院へ搬送、ホリゾンによる治療が多くなり始める。
 
 
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左足の痺れ、及び、右半身の痺れ、脱力が酷くなる。
入院にて、神経内科、岡先生、豊田先生、余郷先生による3クールのステロイドパルス治療を行う。
MRI映像では左視床近傍、左中脳大脳脚、胸椎にプラーク
リハビリを受け(PT、OT)、退院する。

 
 
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2009
両足の痺れが酷くなり、通院による1クールのステロイドパルス治療を行う。
 
 
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両手、腰部の脱力と痺れにより、座位のバランスがとれなくなる。
入院にて、神経内科、岡先生、豊田先生、余郷先生の治療を受け、ステロイドパルス治療を2クール行う。
病院との問題が勃発し、転院。
入院にて、神経内科、長尾先生、小出先生、本多先生の治療を受け、ステロイドパルス治療を1クール行う。
MRI映像では脳、頸随、延髄、胸椎にプラーク
プレドニン療法に切りかえる。

 
 
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その後は、両手足の痺れは残るが安定し、神経内科、千葉先生による、アザチオプリン治療を再開する。
 
 
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2010
両足、腰部の脱力、痺れが増し、座位の安定がとれなくなる。
入院にて、神経内科、千葉先生、大石先生、小川先生の治療を受け、ステロイドパルス治療を2クール行う。
MRI映像では胸椎にプラーク
リハビリを受ける(PT)。
脱力が快復し、プレドニン療法に切りかえ、退院。
 
 
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左足、腰部の脱力、痺れが酷く、座位の安定がとれなくなる。
入院にて、神経内科、千葉先生、大石先生の治療を受け、ステロイドパルス治療を3クール行う。
MRI映像は特に病巣は見つからなかったが、IgG indexが少し高め(0.74)に出た。
リハビリを受ける(PT)。
治療を始め、直ぐに効果が出る。座位も安定し、プレドニン療法に切りかえ、退院。
 
 
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2012
左足、腰部の脱力、痺れが酷く、座位の安定がとれなくなる。
また、左腕の痺れと、感覚障害がでる。
入院にて、神経内科、千葉先生、内堀先生、長田先生、小川先生、大塚先生の治療を受け、ステロイドパルス治療を3クール行う。
MRI映像では頸随にプラーク
頸随の再発の可能性あり。IgG indexは、0.69
リハビリを受ける(PT)。
治療を始め、直ぐに効果が出る。座位も安定し、プレドニン療法に切りかえ、退院。
 
 
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右足の痺れ及び、足垂れが酷くなり、再び入院。
左手にも痺れが酷くなり、神経内科、千葉先生、内堀先生、池田先生、大塚先生の治療を受け、ステロイドパルス治療を1クール行う。
MRI映像では、特に増悪した模様が無かったために、パルス治療は、終了。IgG indexは、0.578
右足の足垂れに関しては、腓骨神経麻痺と診断。PTにて、低周波治療を受け、次の日から、改善方向に向かう。
左手の脱力が再度始まり、左足の痙攣が酷くなって、ハーフパルス治療を1クール行う。
リハビリを受ける(PT)。
その後の痙攣は治まらず、左手の脱力も快復が無く、精神科医の介入を行い、ここで、問題が勃発。痙攣に関しては、心因性反応とされ、多発性硬化症に対する治療を行わなかった為に、ここまで来たら、多発性硬化症の専門医がいる病院への受診を希望し、自己退院する。

 
 
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  多発性硬化症の神経内科専門医、大田先生の治療を受ける。
この頃の左手の握力は、8Kgしか無かった。再び入院にて、神経内科、鈴木先生、真寿田先生、石塚先生を含め、精神科、麻酔科の医師がバックアップ体制の治療を受け、1日56錠まで増えていた薬剤コントロールを行い38錠まで減量、ステロイドパルス治療を1クール行う。
MRI画像では、はっきりした増悪は診られなかったが、頸椎のプラークが少し大きくなっていた。
左手が全く、上にあがらなかったが、パルス治療により、左手が万歳が出来る用になり、リハビリを受け(PT、OT)、退院する。